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名古屋地方裁判所 昭和54年(ワ)2844号 判決 1980年11月11日

原告 大正海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役 平田秋夫

右訴訟代理人弁護士 片山主水

被告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 柘植錠二

主文

一  被告は、原告に対し、金一三二万七、〇〇二円及びうち金一二八万八、九八三円に対する昭和五四年二月二一日から支払ずみまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決の一項は、金五〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

主文一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1(一)(1) 訴外株式会社岐阜相互銀行(以下、訴外岐阜相銀という。)は、昭和五二年一二月二二日、被告に対し、金一五〇万円を次の約定で貸渡した。

利息 年九・九パーセント

遅延損害金 年一四パーセント

返済方法 昭和五三年一月から同五七年一二月まで毎月二二日限り元利均等金二万三、三二〇円を支払う。但し、毎年七月、一月の各二二日に元利合計金四万九、六五〇円を右に付加して支払う。

特約 右返済を怠るときは、期限の利益を失う。

(2) 被告は、昭和五三年九月分まで九回にわたり元利合計金三〇万九、一八〇円(うち元金充当分金二一万一、〇一七円、利息充当分金九万八、一六三円)を支払ったが、その後の分割金を支払わないため、期限の利益を失った。

(二)(1) 仮に、被告が右借受けたことがないとしても、被告は、その妻甲野花子(以下、花子という。)に対し借入金額、借入先の特定をしないまま包括的に代理権を与えた。

(2) また、仮に右主張が理由なしとするも、当時、花子は被告の妻であり、右借入金の使途は被告家族の医療費及び生活費であったから、右借入れは被告夫婦の日常家事の範囲内であって、被告は配偶者として花子の右借入金債務につき連帯責任がある。

(3) 更にまた、右借入金の使途が真実どのようなものであったにせよ、被告の妻たる花子が、右借入れに際し、前記のような使途を告げたうえ、被告の印鑑証明書及び被告の勤務先の給与証明書を示すなどしているのであるから、訴外岐阜相銀が右借入れを被告夫婦の日常家事の範囲内であると信じたことには正当な理由がある。

2 原告は、昭和五三年一一月一日、訴外岐阜相銀との間で、1項記載の金銭消費貸借契約の不履行により訴外岐阜相銀が被る損害を原告が訴外岐阜相銀に填補する旨の個人ローン信用保険(損害保険)契約を締結した。

3 原告は、昭和五四年二月二〇日、訴外岐阜相銀に対し、前項の保険契約に基づき、訴外岐阜相銀が被告の債務不履行により被った損害の填補として残元金一二八万八、九八三円、約定利息及び遅延損害金三万八、〇一九円の合計金一三二万七、〇〇二円を支払った。

4 花子は、これまでに再三にわたり、被告に無断で被告名義の印鑑登録をしてその証明書の発行を受け、それを利用してサラリーマン金融等から総額二、〇〇〇万円にものぼる被告名義の借財を重ねた前歴、性癖を有する者であるから、その夫である被告としては、以後花子の同様な方法による借財の繰返しを未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、ただそのつど花子から印鑑を取り上げ説諭したのみで、区役所の印鑑登録事務を扱う部署に対し被告本人以外の者による被告名義の印鑑登録及びその者に対する印鑑証明書の発行をなさないようにとの申入れをせず、かえって「この証明書は、借入申込みの際に提出して下さい。」と注記してある訴外岐阜相銀所定の給与証明書用紙を花子から受取り、被告自らその勤務先である田辺製薬株式会社の証明を受けたうえで再びこれを花子に手渡して訴外岐阜相銀からの借入れについての交渉を任せた過失により、花子が被告の代理人である旨を誤信した訴外岐相阜銀をして本件消費貸借契約を締結せしめ、その結果訴外岐阜相銀は前項記載の金額と同額の損害を受け、原告は前項記載のとおり訴外岐阜相銀の右損害を代位弁済した。

5 よって、原告は、被告に対し、1ないし3項により、主位的請求として、訴外岐阜相銀の被告に対する貸金返還請求権の保険代位に基づき金一三二万七、〇〇二円及びそのうちの残元金一二八万八、九八三円に対する代位弁済した日の翌日である昭和五四年二月二一日から支払済みまで約定の年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払を求め4項により、予備的請求として、訴外岐阜相銀の被告に対する不法行為による損害賠償債権の代位弁済に基づき右と同額の金員の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

1  (認否)

請求原因1項(一)の事実は否認する。

同1項(1)、(2)、(3)の各事実は、いずれも否認する。

同2、3項の各事実は不知。

同4項の事実は否認する。

同5項は争う。

2  (被告の反論)

被告は、その妻花子に対してその主張のような包括的代理権を授与した事実はない。

また、仮に花子が訴外岐阜相銀から借入れをするにつき、その用途を医療費及び一部日常生活費に充てるためと言ったとしても、その借入金額は金一五〇万円という大金であり、右借受行為は日常家事に関する法律行為に該当しない。

更に、配偶者の一方の日常家事の代理権を基本代理権として、その者がした行為が日常家事の範囲内の法律行為に属すると信ずるにつき正当理由がある場合に、民法一一〇条の趣旨を類推して、その相手方となった第三者を保護すべき場合があるとしても、本件において貸主の訴外岐阜相銀は初めての取引であり、かつ、本人たる被告にその意を確認することができたのに、右確認の措置もとらなかったのであるから、右の正当の理由があるとはいえない。

第三証拠《省略》

理由

一  証人高橋一之の証言及び右証言により被告の当時の妻花子が作成したものと認められる甲第一号証によると、右花子は、昭和五二年一二月二二日頃被告を借主とする右甲第一号証(金銭消費貸借契約証書)を差入れて、訴外岐阜相銀(名古屋支店)から請求原因1項(一)の(1)の約定により金一五〇万円を借り出した事実を認めることができる。しかし、《証拠省略》によれば、右甲第一号証中の被告の住所、氏名及び捺印は右花子が無断で記名し、にせの印鑑を冒捺したものであることが認められ、他に右被告作成名義部分が被告の意思によるものであることを認めるに足る証拠はない。

二  ところで、《証拠省略》によれば、請求原因1項(一)の(2)記載のとおり訴外岐阜相銀の右貸付金に対する分割弁済が昭和五三年九月分までの九回履行されたが、その後の同年一〇月分の一〇回以降なされず、右分割弁済の期限の利益が失われたこと、同2、3項記載のとおり、原告が訴外岐阜相銀との間で右貸付につき個人ローン信用保険契約を締結し、原告が右保険契約に基づき訴外岐阜相銀に対し右貸付金債務の不履行による損害の填補として金一三二万七、〇〇二円を支払った事実を認めることができる。

三  そこで、以下原告の請求原因1項(二)の(1)、(2)、(3)の各主張について検討する。

1  同(1)の包括代理権授与の主張については、これを認めるに足りる証拠がない。

2  同(2)の日常家事代理権の主張についてみるのに、《証拠省略》によると、花子は前示借入金一五〇万円について、その名目上の使途を「医療費」とし、口頭では家族の歯の治療費と生活費に使うと説明して借り出している事実が認められるが、右金一五〇万円が右のように被告の家族の医療費或は生活費等日常家事の用途に費消されたとの事実を認めるに足る証拠はなく、してみると、被告の妻花子による右借入の行為が被告夫婦の日常家事に関する法律行為に属するとの右被告の主張は採用することができない。

3  そこで、同(3)の日常家事代理権に基づく表見代理の主張について判断することとするが、まず、夫婦の一方が他方に対して相互に日常家事に関する法律行為につき代理権を有することは民法七六一条によって明らかである。

そして《証拠省略》を総合すれば、被告の妻花子は、訴外岐阜相銀から前示の金一五〇万円を借入れる際、その名目上の使途を「医療費」と記入し、口頭でその貸付担当員高橋一之に対し、被告家族の医療費及び生計費の足しにすると述べたほか、右訴外岐阜相銀から予め交付された「この証明書は、借入申込書のみの際に提出して下さい。」と付記してある給与証明書用紙を被告に手渡し、被告が自ら右証明書用紙をもってその勤務先のC株式会社名古屋支店で発行を受けた給与証明書(昭和五二年一一月分月収金四〇万八、六八〇円、手取金三七万四、三七二円)と被告名義の印鑑登録証明書(但し、花子が勝手に届出で交付を受けたもの)を前記担当員高橋に提出した事実が認められる。そして、以上の事実に、前示のとおり被告の月収が手取約三七万円余りで、前記貸付金一五〇万円の返済条件が毎月元利金二万三、三二〇円(但し、一月、七月はほかに金四万九、六五〇円)の割賦償還であることを併わせ勘案すると、訴外岐阜相銀において花子がその夫被告名義でした右の借入れを被告夫婦の日常家事に属する法律行為と信じたことには正当な理由があるといわなければならない。なお《証拠省略》による、訴外岐阜相銀の貸付担当員は、被告の借受意思を確認するためその勤務先会社に三回電話したが、いずれも被告は不在であり、被告の所在とさきに提出された前記給与証明書が被告自身発行を受けたことが間違いのないものであることの確認を得た事実が認められるから、かかる事情のもとでは右担当員において直接被告の意思を確認しなかったことをもって、右正当の理由を欠くものということはできない。

そうすると、被告は、民法一一〇条の趣旨を類推して、その妻花子がその日常家事に関する代理権の範囲を超えた訴外岐阜相銀からの金一五〇万円の借入れの法律行為(金銭消費貸借契約)につき、第三者たる右訴外岐阜相銀に対して債務者としての弁済の責を負うものというべきである。

四  以上の理由により、原告が前示保険代位によって取得した本訴貸金返還請求権の被告に対する請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 深田源次)

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